ブログ記事は資産である。

対照的にFacebookやTwitterといったSNSへの投稿は消耗財である。

最近特にそう思うようになってきた。

SNSを刹那的に楽しんでいた時期
2011年にFacebook開始

僕は2011年頃からFacebookを開始。自分が発信した内容を人に読んでもらい、反応をもらう事ってこんなに面白いんだ!と感じるようになりました。

この感覚は、SNSで情報発信してる人はみんな分かるんじゃないかな。

自分が行ったところ、友達との写真、見たこと、聞いたこと、思ったこと・・・全部その都度写真に撮ってFacebookにアップして、みんなと共有してきました。




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6年が経過して気付いたSNSの刹那さ

次の4月で、当時8歳だった長男は中学3年生に、東日本大震災の1ヶ月前に生まれた次男は小学生になります。

当然2人とも今とは顔が全然違ってます。

たまに数年前の投稿といった感じでFacebookから通知が来て、そんな2人の写真が出てくると、「懐かしいなー、もうちょっと見たいな」って思うんだけど、その時にふと気づくことが。

Facebookって、自分の投稿を全然掘り起こせないじゃん!!

頑張って頑張って何年もさかのぼろうと下までスクロールしていくけど、途中で挫折。

やっぱりSNSってすごく刹那的なんだね。今見れなかったら、戻るのが困難。

ある期間に10回投稿した人も1000回投稿した人もある意味同列。その投稿数に大きな意味は無く、投稿そのものもタイムラインに流れておしまい。後で見返すなんてことは誰も考えてない。

そんなところに何百回と投稿をしてきてしまったよ。




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育成的なブログ

それに対してブログってすごく育成的。

今書いた記事は、別に今見られなくてもいい。

数ヶ月後に知らない誰かがきっとGoogle検索で見つけてくれる。

お気に入りのブログの記事は、そのURLにアクセスすればいつもそこに存在していて、目の前を流れていくことはない。

誰かにこの記事読んでほしいなと思っても、タイムラインを探して「あれ?どこだっけ?」っていうこともない。

また、1000記事書かれたブログは、100記事書かれたブログよりもそれだけ思いが込められていて、ブログが育っていくのは、まるで自分の子供が育っていくかのように愛おしい。

もちろんブログは育成的である分、タイトルや小題、構成などに時間を割く必要があるし、テーマ性も持たなければならない。

その手間たるや、Twitterの140文字とは比較にならないだろう。

しかし、だからこそブログの1記事は、SNSの1投稿と比較して圧倒的に価値があるのである。

言うなれば、SNSの投稿はトイレットペーパーであり、ちぎって使ってトイレに流しておわり。

対してブログの記事は家庭農園。手間をかければ大きく育ち、大きく育てば実がなるのである。

さて、刹那的なSNSと育成的なブログならどちらがいいか。

これは使う人のライフスタイルや好みによるだろうから、どちらがいいとかは断定できない。

でも、間違いなくコツコツタイプの人にとってはブログがピッタリハマるツールだと思うな。

過去に書いた記事がどんどんアクセスを集めてくれるようになると、本当に面白くなると思う。

この感覚、オススメです!

まとめ

本当にこう考えるとブログは資産。

今の一歩一歩の積み重ねは、必ず1年、5年、10年後に大きな結果がついてくるはず。

ああ、Facebookに書いていた6年分の投稿、ちゃんとブログに残しとけばよかったなあ。

そんなことを思いながら、ようやくSNS投稿を抜け出し、ブログを書いているのです。

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