こないだ友達と、「なんでブログ書いてるの?」って話になったんだよね。
お金のため?自己実現のため?単なる趣味?

で、色々考えたんだけど、ようやく一番しっくりくる答えに辿り着いたから書いとこうかなと。

それは、、、このブログは「僕の生きた証」だということ。

生きた証

あなたの生きてきた足跡は、どこに形として残ってる?

たとえば、僕がいきなり死んで、2人の息子たちが将来、
「ねえお母さん。お父さんって、どんな人だったの?どんな友達がいて、普段どんなことを考えてて、どんな人生を送ってきたの?」
って妻に聞いてきたら、妻はちゃんと答えられるのだろうか。

せっかくなので、聞いてみたら、
「えー、昔は山に住んでて、勉強がすごく出来て、競馬と麻雀と株が好きで、転職3回したってくらいしか言えないかも。あはは」だって。

まあそんなもんだよねー。僕だって同じこと聞かれたら、大して説明出来ないよ。

みんなは自分のパートナーのこと、説明できる?いざやってみたら、思ったより出来ないんじゃないかな。

ましてや子供たちに見せている自分など「親として」のほんの一面に過ぎないんだから、彼らが「自分の親がどんな人生を送ってきたのか、どんなことを考えていたのか」なんて分かるわけないわな。

子供との間に残された時間

じゃあ子供たちともっと話をすればいいじゃん!と思ったけど、自分と子供たちの間に残された時間ってどれくらいあるかって考えたことある?

息子が今10歳で、20歳になるまでだからあと10年・・・とかいう計算じゃないよ。
会話がないけど、一緒に1つ屋根の下にいる・・・って時間とか、0~5歳とかのまだ小さい時で、あやしている時間とかも考慮しないよ。

言いたいのは、『子供たちと膝を突き合わせて、自分の考えをキチンと伝え、理解してもらえる時間』がどれくらい残ってるかということ。20歳とか関係なく、子供が40歳で自分が70歳でもいい。とにかく自分がいなくなるまでの間にどのくらいの時間が残っているのかなあと。

僕の今の生活だって実際は中学3年生の長男と話す時間なんてほんと1日10分もないし、その中で人生論などを語る時間なんて毎日ほぼ0分。で、たまに週末20分くらい会話する時間があっても、話してるうちに説教臭くなって聞いてもらえなくてチーンとか。ほんと全然上手く伝えられないのよ。

こんな毎日を送ってみ?長男が高校生とか大学生になるまでに、しっかり自分の伝えたいことを伝えられる時間なんてトータルで数時間しかないよ。

長男が働き出して家を出て行ってしまったら、その時間なんてもっともっと無くなっちゃう。次に落ち着いて話せるのはある程度人間として成長した30歳くらいじゃないのかな。

とはいえ僕自身、30歳とか40歳になってお盆と正月だけ実家に戻っても、それはそれで人生論ばかり語ってるわけでもなく。結局のところ両親との会話は、生き様とか考え方とか大層なことにはほとんど触れないまま、のんびりと過ごしているのです。




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いなくなってはじめて、何も残ってないことに気づく

自分がいなくなった時にはじめて、「どんな人やったんかなあ?」とか、「もっと話を聞いておけばよかった」ってなりながら、結果、「あの人を知ってるみんなの心に残ってるからええんや」ってなる。

でも、知ってる人はいいけど、1番伝えたい子供にあんまり伝わらないような。やばいやばい、これではいかん!何とかせねば!

じゃあその解決策って何か?自分の伝えたいことを本とかブログみたいに文字に残すしかないよね。

で、僕がいなくなったあとでも、子どもたちがそのブログを何度も読み返して「お父さんはこういう人だったんだね」って話してくれれば、ちゃんと伝わったって言えるんじゃないかと。

・・・あれ?でもよく考えたら、僕がちゃんと子供たちの傍にいてる時から見せてもいいんじゃない?

てなわけで、今は直接話そうとししてもあまり話が出来ないので、言いたいことや心情をブログに書いて、「お父さんがブログを書いたから読んでみて」と促すようにしだしたよ。そうすれば結構ちゃんと読んでくれるみたい。なんかちょっと一安心。
このひと手間、小さい子がニンジンを食べないからミキサーですりつぶしてチャーハンの中に入れてるお母さんの心境に近いかもね(笑)

まとめ

要は何が言いたかったのかというと、自分の生き様、考え方をきちんと文字にして世の中に残しておこうよってこと。

別に毎日じゃなくていいし、無理をする必要はないよ。書きたい時に書きたいことを綴っていくだけでいいと思う。

そうして50歳、60歳、70歳・・・、そして100歳になってもライフワークの一環でブログを更新出来れば、それが将来的に自分の生きた証、ひいては1番伝えたい人へのメッセージとなるのかなと。

僕はDNAだけでなく自分の考えを、きちんと遺(のこ)して伝えたい。本当の意味での「遺伝」のために、毎日楽しみながらブログを書いてるのではないかなと思うのです。

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