『食事は人を豊かにする』

そう言われることが多いが、本当にそうだろうか。

マブダチのSNS投稿

先日マブダチが食についてSNSで以下の投稿をしてた。

『どれだけネタが新鮮で老舗のすし屋であろうが、どれだけ本場の名店で修業を終えた新鋭オーナーのイタ飯屋であろうが、どれだけ行列が出来てカルトなファンがネットで叫ぶほどのラーメン屋であろうが、行かないんだから関係ない。もう食べる事を基本的に放棄したので俺には関係ない。
-中略-
もう何を食おうか考えることがめんどくさい、その店に行くことがめんどくさい、いつもと違った場所から戻るルートを考えることがめんどくさい。もう食べるという事全てにおいてめんどくさい。』

共感をした僕

僕はこの投稿を読んで、いたく共感を覚えた。

うおおおおおお!一緒や!僕と一緒や!

僕も土日一人の時は、「朝無し昼ポテチ、お腹が減ったらコーヒーガブ飲み派」なのだ。

もう完全に考え方同じやー!(笑)

僕自身の考え方について

実は僕もこのマブダチと同じく、食事にあまり強い思い入れはない。

そりゃ「美味しいものと不味いもの、どっちを食べたい?」と聞かれたらもちろん「美味しいもの」とは答えるが、正直なところ日々の食事にあまりこだわりが無い。

「昼もカレーだったのに、夜もカレーかよー」なんていうセリフも一般家庭ではよく聞くが、僕にとっては朝食、昼食、夕食は全て独立事象なので、そんなことはわざわざ騒ぎ立てるほどのことではない。

なんだったら朝昼晩カレーを毎日毎年 続けたって、全く意に介さずに満足した生活を送れると思う。

要は「空腹の状態」を「満腹の状態」にするためのアクションが食事なのであって、そこに自分の価値観から考えた時にそれ以上の付加価値が入り込む余地が無いとは言わないが、少ないんだと思う。




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マブダチと同調

上記の内容をコメントしたら、彼もかなり同調してくれて。

彼「おお!だよな、だよな!俺らはなんかそういうので足りるよな、人生豊かかどうかは別として。」

そう。彼の言う通り、僕たちは「食」に関しては、そういうので足りてしまうのだ。

見る人が見れば、僕たちは残念な人達なのかもしれない。

でも正直なところ、人生に豊かさを感じるポイントが「食」ではないからいいのだ!!!

その代わり人に会って話をすることで人生に豊かさを感じたり、そういうのとは全く真逆のヒリヒリした勝負感で人生に豊かさを感じることは多いのだ。

勝負感で人生が豊かになるとは

人と会って話をして人生が豊かになるというのは分かってもらえると思うんだけど、ヒリヒリした勝負感で人生が豊かになるって、たぶん分からない人には絶対分からない感覚だよね。

でも本当に僕は『勝負』をしている時が一番人生が豊かであると感じる。「生きてる」と感じる。

・ものすごく強い相手がいて、その相手を負かすために精一杯努力をしている時

・相手はいなくとも、高い目標があり、そこに向けて努力している時

少しでも気を抜くと負けるかもしれない。その焦りや不安と、それをかき消すために更なる努力を重ねている時、ただの勝負ではなく「ヒリヒリした勝負感」を感じるのだ。

これこそが僕の生きる力が湧いてくる源泉。これに比べれば「食」など取るに足らないのだ。

こう聞くと、「『勝負』も『食』もどちらも楽しめばいいじゃん」って思う人がいるよね。

でもきっと僕は、ヒリヒリしたものじゃないと心から楽しめないんじゃないかと思う。

ヒリヒリした勝負の合間に豪華な食事をとろうが、カップ麺だろうが、そこの満足度にあまり違いが無いわけやね。

まとめ

上記の通り、僕はかなり偏った価値観を持ってるけど、「おお、同じや!」と思った人は教えてほしい!ぜひ今度一緒にお茶しましょう(笑)

こんな人あんまりいないので、分かる人だけでこの感覚を共有したいのだ!

とはいえ、まなどん(妻)と結婚して、だいぶこの偏りも解消されてきてるかもしれないす。

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過去に食事に関する価値観の記事を書いてた。やっぱ食事の優先度って低いっぽい(笑)
あなたが人に会うときに一番重要視するのは場所?食事?
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