最近長男の高校入学に伴って朝1時間早く起きるようになり、まなどん(妻)と話すことが多くなった。

そこで出てきたのがおうつまへの不満である。

何が不満なのか

まなどんにとって、僕のおうつまのスタンス=否定と押しつけであるらしい。

確かに僕は世の中の一般的なダンナさんと違い、まなどんが独立してビジネスをすることにはもう全く否定をしていない。

しかし、自分のことじゃないにもかかわらず「やるからには結果を出すべきだ」という気持ちが強く、今これで結果が出ていないなら、次はあれをやってみたら?これもやってみたら?と口出しが過ぎると。

僕は「なんでそんな進め方してるの?」と聞いてしまい、まなどんからしてみたら「うるさい!私のことはほっといて!」と言いたいところだろうが、お互い『おうつま』というタグに縛られているがためにそこから完全に離れられないといったところだろうか。

完全におうつまという歯車が噛み合っていないのがよく分かる。

原因の1つは最上志向

僕がこうなってしまっているのは、自分でも認識してる。完全にストレングスファインダーの最上志向の悪い部分が出てしまっているのだ。

これをやれば更に上を目指せるはず!
もっとやりな!もっと!もっと!もっと!、、、

多分僕が同じ立場ならそこまで自分を追い込んでやってしまっているだろう。それと同じレベルの思考・努力をまなどんに求めてしまっているのだ。

会社ならそこまで深追いをしないのになぜまなどんには追及してしまうのか。

そこにはもう1つ、過渡な期待があるのだろう。




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もう1つの原因は過度な期待

僕は、まなどんに過度な期待をしてしまっている。それは自分でも分かってるし、なかなか払拭出来ていない。

少なくとも家計を1つにしている以上、会社を辞めて独立するという選択肢を選ぶということは、前の会社勤めの収入が1つの指標となり、そこを超す、出来れば大幅に超すというのが僕の期待値だからである。

そこが期待値である以上、「私はこれだけ頑張ってるんだよ」ということにあまり意味はなく、結果としてどれだけの数字が上がったのかが重要視される。
つまり、まなどんにとっては超成果主義の会社に入ったのと同じなのだ。

そして僕は家に帰った時に、全く深い意図なく会話の一環として「今日は仕事どうだった?順調?」と聞いていたが、受け手であるまなどんにとっては、家で毎日詰められていると感じていたのだろう。

これ、同じことを長男でもやってしまってたやつだ。

おうつまの名のもと、対象が長男からまなどんに置き換わり、内容が勉強から仕事に置き換わっただけだわ。

、、、ということは理解した。

このままだと『おうつま』のせいで家庭崩壊するわ。

たまたま長男の高校入学のタイミングで朝に時間が出来たから、こうして話すことが出来たし、不満をぶつけて爆発させることが出来たけど、今まで通りずっと話す時間が無くてガマンガマンで不満が限界まで溜まって爆発してたら最悪な結末だったかもね。

とにかく僕が考え方を変えよう。

僕のあるべき姿とこれから

長男の時は、過度な期待を「諦める」ことで、長男の一挙手一投足が全く気にならなくなった。

なので同じようにまなどんへの過度な期待を諦めればおそらく気にならなくなるんだろう。

今までは家計という数字的/心理的な縛りがあったために諦めきれなかったんだけど、もうお金もいいや。僕が頑張って稼げばいいや。一旦まなどんのビジネスからは距離を置こう。

もちろん資料作りなんかは手伝ってあげるとして、内容に口を出すのはやめよう!

何回かこのブログにも出てきているけど、これはもう一回選択理論の本を読み直さないといけないなー。

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